前回はペットの腎臓の負担として、高タンパク食と過食について触れました。生命の本来の仕様と現代の食事のズレが、いかに内臓の限界を超えさせているかの話でした。
今回は、腎臓の寿命を左右するもう一つの大きな要因、「尿量不足(飲水量の減少)」についてお話しします。
この問題を考える上で、外せない前提があります。それは「飲水量と塩分はセットである」ということです。
ここで、現代の動物医療が抱える少し「不都合な真実」に触れることになります。スープでも飲みながら、ほっこりと読み進めてみてください。
塩分制限という「常識」の落とし穴
ペット健康相談でも「塩分制限」や「塩抜き」を意識している飼い主さんは少なくありません。動物病院でも、「心臓や腎臓のために塩分は控えるように」と指導されるのが一般的です。 もしかすると皆さんも、良かれと思って食事から塩分を徹底的に排除しているのではないでしょうか。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。人間も同じですが、食事に塩分が含まれていなければ、生き物は自然な喉の渇きを感じません。塩(ナトリウム)は血液の浸透圧を保つ重要なミネラルであり、不足している場合の生体は、飲水量を減らそうとします。
飲水量が減れば、当然ながら作られる尿の量も減少します。(汗をあまりかかない犬猫の場合は、飲水量≒尿量と考えて良いでしょう。)
少ない尿にたくさんの老廃物を詰め込まなくてはならず、腎臓はいつも以上の労力をかけて濃い尿を作ります。
皮下補液の矛盾(ダブルスタンダード)
腎臓の不調で皮下補液(点滴)を受けている子たちがいます。あの点滴の中身はだいたい塩水だということをご存知でしょうか。
日常の食事から徹底的に塩分を抜いておいて、皮膚の下に塩水を入れる。これって一種のダブルスタンダードに思えませんか?生命科学が大好きな私にはそう思えて仕方ありません。
では、尿を減らす(飲水量が減る)ことが、それほどまでに腎臓を破壊してしまうのでしょうか。 ここから先は、腎臓の内部で起きている過酷なメカニズムと、今日から安全に飲水量を増やすための工夫を解説していきます。
腎臓のエネルギー(ATP)を奪う「塩分制限」の罠
なぜ塩分を制限して水が減ることが、腎臓の負担になるのか。その最大の理由は、腎臓が尿を作るための「エネルギーの使われ方」にあります。
専門的な話をすると、自然な尿の生成には「ナトリウム(塩分)」が不可欠です。血液中に適度なナトリウムがあれば、その浸透圧の力を利用して、腎臓はスムーズに老廃物と水分を濾過することができます。
ところが極端な塩分制限によってナトリウムが不足していると尿の生成方法が変わります。腎臓は無理をしてでも老廃物を捨てるために「ATP(アデノシン三リン酸)」という、生体内エネルギーを消費し、別経路(能動輸送)を使って尿を生成します。
もっと良い例えがあるかもしれませんが、生ゴミの入った袋をひとつ、家の前のゴミ収集所に持っていくとき、大排気量の車を使うような感じです。
十分な塩分と水分があれば、腎臓はほとんどエネルギーを使うことなく、自然の力でスルスルと尿を作れます。
腎臓は再生できないため、壊したら取り返しがつきません。腎臓の寿命は、命の寿命に直結します。できるだけ負荷をかけないことが、長持ちさせるコツです。
濃い尿がもたらす「再吸収」の過酷な労働
塩分不足によるエネルギーの浪費に加えて、水不足はもう一つ、腎臓に物理的な負担を強いることになります。それが「再吸収」です。
腎臓は血液中の老廃物を濾過して尿を作る際、水分も一緒に流し出します。しかし、体内の水分(飲水量)が足りない場合、そのまま尿として出してしまうと脱水になってしまいます。
それを防ぐために腎臓は、一度捨てかけた尿の中から、水分だけを必死に体内に引き戻そうと(再吸収)します。これも腎臓にとっては余計な仕事であり、やはり腎臓に負担を強いることになります。
キッチンで、食器を洗った排水から、再び水だけ回収するなんて嫌ですよね。だったら皿洗いを控えますよね。
でも腎臓は休んだら身体が老廃物だらけになってしまいます。休むわけにはいかないのです。
どんなにつらくても文句を言わずに、与えられた仕事をやり続ける。それが沈黙の臓器「腎臓」の姿です。水くらい自由に使わせてあげないとです。
尿量不足と細菌感染症、尿路結石のリスク
また、尿量が少ないことは別のリスクも引き起こします。 尿の量が少なく、膀胱内に長時間とどまると、そこで細菌が繁殖しやすくなります。
膀胱炎などの細菌感染症を繰り返す子は、根本的に尿量が足りていないケースが多いのです。抗生剤は本質的な対策にはなりえません。しっかりと水を飲んで、たっぷりの尿で細菌を定期的に洗い流すことが、最も自然で効果的な感染症予防になります。
尿の濃さ、そして少ない尿量は、尿路結石のリスクも増加させます。感染症や結石は直接的ではないものの、腎機能に悪影響を及ぼすことがあります。
尿量の計り方と、引き算のセルフケア
「では、1日にどれくらいの水を飲ませればいいのでしょうか?」というご質問をよくいただきますが、一律に答えられないなかなか難しい質問です。
結論としては人と同じで、ぴったりではなく広い許容幅があります。
そのうえで、尿量でチェックする方法が良いでしょう。
先ほどお伝えした通り、「飲んだ水の量 ≒ 出る尿の量」です。どれくらい水を飲んだかを正確に計るよりも、尿量で見てしまったほうが良いです。
尿量は「使用前と使用後のペットシーツの重さ」を量ればすぐにわかります。毎日のシーツの重さを量り、以前より軽くなっていたら「飲水量が減っている」というサインとして気づくことができます。
それよりも実践法、「どうやって自然に飲水量を増やすか」が重要です。
ペットは健康法を理解しませんから、いくら水を波々にした器を置いても、飲水量は増えません。食事を水浸しにしても、こんどは器から水を飲まなくなり、結局は増えません。
提案したいのは、水を美味しくすることです。 例えば、ご家庭で作ったお味噌汁のうわずみを少しだけお湯で薄めてあげたり、手作りスープを薄めて与えてみてください。
薄める必要はないと考えますが、心配なら2~4倍に薄めて、小さな皿で好むかどうかチェックしてみてください。
ちなみに体に直接入れる塩水、つまり皮下補液の塩分濃度は0.9%ですが、これは私たちが美味しいと感じる味噌汁の塩分濃度と一致します。安心するための知識として覚えておくと良いでしょう。
薄めるほど効果は下がりますが、適度な塩分(ミネラル)は自然な喉の渇きを促します。脳は、もっと水を飲んで大丈夫と許可を出し、結果的に飲水量を増やします。
腎臓の「ATPの浪費」や「再吸収の負担」を減らすことになります。
飲みたくなる仕組みは人と同じ
この仕組みは人間とほとんど同じです。私たちも水道水をガブガブとは飲みませんが、でもスープだったら別ですよね。
喉の渇きではなく、美味しさや「心がほっこり」するので飲むわけです。
私たちが好むビールやコーヒー、ジュースにもそれぞれ別の理由があるものの、結果として飲水量を増やし、尿量維持に役立ちます。
ここまで一気に、だいぶ無機質に書いてきましたが、本人を楽しませること、生きがいを作ってあげることは、ペットを幸せにするという観点からもとても大切です。
次回はストレスが腎臓を壊す話をします。ここでお伝えしている知識はバラバラに運用するのではなく、全部合わせてシナジー効果(相乗)を狙ってください。
正しい知識というものは、それぞれ対立したり矛盾することなく、すっきりと整合します。その感覚をぜひ楽しみながら学んでほしいと思います。ではまた、一緒に学んでいきましょう。