ペットにモテる人ってどんな人ですか? 一言で言えば、威厳があって利他的な人です。優しいだけでも、厳しいだけでもない。テクニックから入るのは良くないとは思いますが、そのうえである程度のコントロール、それはアメとムチみたいな、我慢とご褒美みたいなものです。
ペットは飼い主を本能で理解しています。「相手を知り、己を知れば百戦危うからず」。その本能を無視して、人の都合でコントロールすることには限界があります。この記事でぜひ理解してください。そのためには脳の構造の違い、そこから分かれる利己主義と利他主義、哺乳類共通の子孫繁栄という行動原理、避妊去勢による人工的な更年期障害という、ちょっと小難しいところにも触れる必要があります。実際には、そうした原理を知らずにモテる人がいるのも事実。つまりはモテる人を徹底研究すれば、あなたもモテるようになる可能性は十分にあります。ちなみにペットにモテる知識は、人が異性にモテるテクニックと少し似ているところもあるかもですが、本質的なところでだいぶ違いますよ!あと、知識を鵜呑みにして頭に入れるだけではダメです。知識は咀嚼して、噛み砕いて、自分の脳の栄養源にするイメージです。では参りましょう!
生殖本能を利用するんですか? あまり利用しません。ただ後々で誤解しないように理解しておきましょう。
まず大前提として現代のペットの多くは避妊去勢により生殖機能が失われています。本能として脳に子孫を残すというプログラムが残っていても、生殖器との連携は断絶していて、発情に至るスイッチは入りません。言い方はあれですけど、ジェンダー手術によって若年期に人工的な更年期障害を経験しているわけです。また未避妊未去勢であっても、シニア期になり生殖本能が自然縮退すれば同じです。
こうした状況下では人の「異性にモテる方法」は活用しにくいと考えてください。
ということは威厳を使うってことですね? そうです。威厳だけではないですけれど、おそらく必須の要件です。ペットとお友達という同じ目線に下げた付き合い方だと、本当の意味ではモテません。飼い主のポジションとしては、常にペットの上です。指示を出し、従ったら笑顔で褒める。ペットからするとこの関係性が嬉しいのです。
例えば、生徒の言うことを何でも聞いてくれる先生、誰にでもすぐ褒める先生は、生徒からすると都合が良くて人気かもしれませんが、頼りにはならないかもですね。逆に厳しい先生が褒めてくれたとき、滅多に褒めない先生に自分が褒められたとき、嬉しさの度合いはまったく異なりますよね。
実は、ペットにモテないという話は、健康相談で何度も聞いています。そうした飼い主の共通点は、ペットに従順。立場が上になっていないのです。アメとムチというと厳しく聞こえるかもしれませんが、実際には飼い主のペースを守り、従ってくれたら相手の要求に応えてあげる、みたいなところからで良いと思います。
利他ってなんですか? 利他は利己の反対語です。利己は自己中心的とか、自分第一主義みたいな考え方のことです。つまり利他は先に相手を喜ばせて、それを自分の嬉しさだと捉える考え方です。
動物の本能的な行動は、子孫を残すことです。例え自分の生殖機能が失われていても、別の仲間が叶えてくれれば良いわけです。群れを守り、群れを統率するリーダーを献身的に補助する。おそらく人間も昔はそうだったのだと推測しますが、動物にはそうした利他的な考えが本能として色濃く残っています。
なぜ人よりペットのほうが利他的なんですか? 少し科学的にまいります。人間はプライバシーやセキュリティという概念を持っていますが、動物にはほとんど見られません。これは大脳の発達が関わっていると岡田は分析しています。大脳の発達によって、人はいろいろな概念を生み出し、その概念に自らが縛られて行動原理が複雑化しています。「自分は人とは違う」「隣の芝生は青く見える」「情報強者と弱者」「お金」「備蓄」「大安と仏滅」「誕生日」「バレンタインデー」みたいなことも行動原理に加わっています。
人に比べて大脳の発達していない動物たちには、先程の概念はほとんど通用しません。純粋な種の保存、子孫繁栄という生命の根源的な欲求が、さまざまな行動の背景にあります。それが利他的な「群れのために、ボスをサポートするために」という行動につながります。もちろん人の社会の中で薄まっているものの、人のような利己主義にはなりきれません。なぜなら大脳が発達していないからです。それこそがペットの可愛さなんですけどね!
ペットを利己的にすれば良いんですか? いいえ、そうではありません。ペットの大脳発達の程度から、人の複雑な価値観に併せるのは不可能です。私たちが利他を知り、学び、実践するのです。「真・ペットの気持ち」です。
そもそも利他とは、現代人が忘れつつある、人として素敵な考え方です。なかなか社会の中では教えてもらえませんが、飼い主は特別です。なぜならば利他の先生がいつも目の前にいるからです。
彼らは山の展望台で最高の景色を見ても感動しませんが、深呼吸する清々しい飼い主の表情を見て、展望台が好きになります。彼らは音楽がまったくわかりませんが、笑点のオープニング曲の後に家族が爆笑することを知っているので、その曲が好きになります。そうした感性を私たちも取り戻すだけです。
結局はペットにモテるためにはどうしたら良いんですか? そろそろ答えないとですね。ただ、ここまで読んでもらったから答えられます。飼い主がボスとして振る舞うことです。もしくは家族で役割分担して誰かにボスをやってもらうことです。
ペットにモテるという意味を整理すると、「言うことを聞かせつつ慕ってもらう(頼りにしてもらう)」です。けしてペットから見て「都合の良い遊び相手」「指示通りに動く飼い主」ではありません。それでモテるというのは幻想です。
いきなりボスが難しければ、とりあえずは年上の恋人でも。甘えられて応えるなら、まあいいでしょう。現状が「吠えれば言うことを聞いてくれる」そんな関係値なのであれば、段階的に変えていきましょう。
ペットがボス、人が部下みたいな感じは、健康管理上も好ましくありません。利他的思考なら、彼らの幸せのために、先のことを考えられる飼い主がコントロールしてあげるのです。
ペットがボス化すると健康に悪いのですか? 野生のボスは、椅子に座ってフルーツを食べている王様とは違います。自分の身を削ってでも、群れの安泰に尽くす、そんな感じです。
仲間がぐっすり眠れるように、睡眠は浅く。縄張り管理の意識が高まり、部外者には吠えまくる。先陣を切って応対。警戒を持続するために、リラックスホルモンが抑制され、アドレナリンを一気に高めます。呼吸数、脈拍、心臓への負荷などに変化が出やすくなります。瞬発性を維持するために身体はアイドリング状態となり、治癒モードに移行しにくくなります。そうした身体を支える気持ちの部分では慢性的なストレスがかかりやすくなります。ストレスの影響を受ける、脳、腸、肝臓、腎臓。アレルギー、攻撃性。
「飼い主が弱い、じゃあ僕が家族を守る」とさせてしまっては良くないのです。本来は素晴らしいはずの利他性は、ペットにボスを譲った場合に彼らの健康リスクとなり得るのです。知恵で勝てるはずのない人間をコントロールするのですから、相当な心労(過労)かもしれませんね。
ペットのボス化を防ぐ具体的な方法がありますか? あります。お腹を撫でる、おすわりや待てを覚えさせる、食事を催促されても5分無視する、食事は家族からなど。遊んであげるのは全然構いませんし、散歩ももちろんです。ですが、相手のペースだったり、相手が飽きるまで付き合うのではなく、こちらが時間を決めるのが良いでしょう。ちょっと足りないくらいが精神的に健全です。常に満足を与えるというのは少々考えものです。
「わかっているけど出来ない。」そんな声が聞こえてきそうですけど、視点まで動物に併せる必要はありません。1ヶ月後、1年後、3年後の未来予測ができるのは大脳が発達している人間だけの特権です。いま耐えることが未来の幸せに繋がる、この壁を乗り越えた先に新しい価値観がある、そうした先の損得を考えた長期的な視点は人間だけのものです。
大丈夫です。慣れもあります。今はお腹を触ると怒るかもしれませんが、きっといずれ出来ます。ちなみにお腹を見せるというのは威厳のある相手に対する忠誠のポーズ。飼い主の立ち位置を簡単に測るバロメーターとも言えますよ。
優しいっていうのは、あまり良くないんですね? そんなことはありません。ただ、本当の優しさって、表面をとりつくろうようなその場しのぎの優しさとは違いますよね。利他的に相手の幸せを考えれば、ちょっと嫌われたとしてもここで厳し目に接したほうが良い、そんなケースっていっぱいあるじゃないですか。
例えば・・・ちょっと極端ですけど、人と喧嘩して、思ってることをお互いに全部吐き出したら、親友になっちゃったみたいな。それを避け続けることが、本当の優しさかというと、ちょっと違いますよね。
冒頭でお伝えした我慢とご褒美は、わざと待たせてから食事を出すことでも練習になります。当たり前に出てくる食事が、「ありがとう」の感謝の心が添えられたご褒美になります。すると食事の美味しさがアップします。こうやって当たり前を当たり前じゃなくしていく。美味しく食べている姿に笑みをこぼす。それをチラッと見たペットは、ますます美味しそうに食べる。私がよく言う「笑顔のキャッチボール」、ボールは常に飼い主さんから投げるんです。そこにはたぶん、人生を通した壮大な優しさがある。そんなふうに考えてみてはどうでしょう?
あまりこっちの顔を見てくれないときは? さきほどは笑顔と言いましたが、実際にはペットは嗅覚を使って飼い主の心を読み取っています。つまり心からの笑顔には特有の匂いがあるということです。少し説明します。我々は、笑っているとき、リラックスしているとき、イライラしているとき、不安なときと体臭が異なります。ペットは嗅覚が人間よりはるかに優れていて、その変化を捉えることが可能。それが岡田の理論です。体臭と言いましたが呼気もです。目が見えなくても飼い主がわかる、遺留品から犯人の足取りがわかる、がんを探知する犬がいる、そうした事実から私の理論は結構強いです。そのうえで、こっちの笑顔を見てくれなくても、心の笑顔でも大丈夫です。逆に内心は不安なのに笑顔を作った場合、彼らにはバレバレです!