近年、「エビデンスがある」といった言葉を耳にする機会が増えてきた。しかし、この言葉は都合よく使われることが多く、意味がわかっていないと過剰な医療の入口になりかねない。本稿では、薬物療法における「エビデンス」という言葉の意味と、注意すべき点を解説する。
エビデンスをざっくりと説明するならば、「ある程度のしっかりした研究データが存在する」という意味である。ここで重要なのは、あまり良くない成績でも、エビデンスがあると言えることである。つまり、10頭中7頭に効く薬と、10頭中3頭にしか効かない薬のどちらも、「科学的エビデンスがある」と言えてしまうのである。
一般の人は、これで簡単に騙される。実際のところ、望みの少ない治療でも「エビデンスがある」と言われれば、多くの人は受け入れるだろう。こうしたことが毎日、全国で繰り返されている。
驚くかもしれないが、実は動物医療には、ほとんどエビデンスがない。
たしかに動物病院では、「この薬にはエビデンスがあるから勧める」と説明されることがある。しかし獣医師によく聞いてみてほしい。それはどこのデータで、1万頭のデータなのか、それとも数頭のデータなのか。
人間用に承認された薬剤を動物に多用するという構造の中で、犬や猫に対する大規模研究というものはほぼ存在しない。副作用が疑われるケースでも、それを報告するかどうか獣医師に任されている。さらに本来の薬の使い方から外れた「適用外使用」は日常的に行われている。繰り返しになるが、客観的と言えるまともなエビデンスは、ほぼ存在しない。
実際に獣医師が手探りのような治療をすることは多い。これはすでに、「エビデンスの有無によって治療を選択する」という建前に矛盾があることを示している。
ペットの飼育数が減少する現在、多くの動物病院は将来に強い不安を抱えている。経営維持のために、今後10年で動物医療費が2〜3倍になる可能性は空想ではなく、現実的な問題と言える。このような状況においては、医療に強く依存する飼い主ほど、経済的な負担が増していくことになる。
エビデンスは確かに価値ある指標であるが、本来はその内容を吟味するべきものである。何か治療を提案されたときに、「だいたいで構いません、10頭中何頭くらいが改善するのですか?」と質問する癖をつけてほしい。これだけで、不必要な治療を減らし、医原病や副作用リスクを減らせる可能性を高めることができる。