ノミ・ダニに対する“予防薬”は、現在広く市販され、通年投与が推奨されている。だが、その作用機序と使用実態をあらためて見直すとき、「予防」という言葉が与える印象と、薬剤の本来の効果との間に齟齬が存在することが明らかとなる。
まず前提として、これらの薬剤の多くは「神経伝達系を遮断する殺虫成分」で構成されている。代表的なものにはイソキサゾリン系、フィプロニル、ピリプロキシフェンなどがある。これらは経口または経皮で体内に吸収され、一定期間、体内に薬効成分を滞留させる設計である。
作用機序の本質は、「ノミ・ダニが動物に接触または吸血したのちに神経伝達を阻害し、死に至らしめる」というものである。つまり、実際には“刺されてから殺す”薬であり、“刺される前に防ぐ”薬ではない。
この点は多くの飼い主に誤認されている可能性が高い。「予防薬」という名称が、“事前に寄せつけない”という印象を与えているが、実際には一度体表に到達した、あるいは刺咬した個体にのみ効果が発現する。アレルギー性皮膚炎や感染症リスクがゼロになるわけではない。
加えて、これらの薬剤は神経系に作用するものであり、動物個体によっては副作用として震え、ふらつき、食欲不振、皮膚反応などの神経症状を呈することがある。特にイソキサゾリン系では、中枢神経系への影響が一部報告されており、腸内環境や肝機能への負荷も懸念される。
制度的には、これらの薬剤は「予防」のカテゴリーで流通し、獣医療機関や通販においても安全性が強調されている。しかし実際には**“殺虫剤の持続投与”であり、完全な無害性が保証されているわけではない**。副作用に関しては、軽微なものは見逃されやすく、報告にも反映されにくい構造がある。
本稿の立場は、これらの薬剤の存在を否定するものではない。感染圧が高い地域や、持続的な外出が必要な環境においては、これらの選択肢が合理的な場合もある。ただし、「すべての犬に、毎月必ず」という使用方法が唯一の正解であるかは再考の余地がある。観察・物理的対策・投与時期の選別などと組み合わせた、柔軟な対応が望まれる。