はじめに: がんの発症と進行には、慢性的な炎症と免疫機能の破綻が深く関わっている。こうした構造的病態に対し、栄養学的介入によって予防的効果を得ようとする試みの中で、魚油に含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)およびDHA(ドコサヘキサエン酸)は、注目すべき役割を担っている。これらの多価不飽和脂肪酸(ω-3脂肪酸)は、がん予防においてどのような意義を持ち得るのかを、構造的視点から検討する。
EPA・DHAの抗炎症特性とがんとの関係: EPA・DHAは細胞膜に取り込まれることで、細胞レベルでの炎症性反応を調整する役割を果たす。これらの脂肪酸は、炎症性サイトカインの抑制、エイコサノイド代謝経路の変更、免疫細胞の活性調整を通じて、慢性炎症の緩和に寄与する。がんは慢性炎症状態における遺伝子変異と免疫逃避の積み重ねによって進行することから、炎症抑制による予防的効果は構造的に合理性を持つ。
さらに、EPA・DHAは腫瘍微小環境における炎症レベルを低下させ、がん細胞の定着や血管新生を阻害する可能性がある。また、これらの脂肪酸はアポトーシス(細胞の尊厳死)を誘導する経路に関与しており、異常細胞の自然淘汰を促進する作用も示唆されている。
疫学的観察と実践的意義: 疫学的研究では、魚介類の摂取量が多い集団ほど、大腸がん、乳がん、前立腺がんなどの発症率が低い傾向が報告されている。特に地中海型食事パターンや日本型食生活においては、魚油の定常的な摂取が健康長寿と関連しているという知見もある。これらは単なる栄養補給ではなく、炎症を調整し、免疫の恒常性を支える「構造的栄養介入」として理解されるべきである。
なお、EPA・DHAの実践的摂取源としては、サバなどの青魚、特に加工性と利便性に優れるサバ缶が推奨される。一方で、代替品として用いられるクリルオイル(オキアミ由来)は、甲殻類特有のアレルゲンを含むことから、長期摂取による炎症性リスクについて歴史的検証が不十分である。また、植物由来の亜麻仁油やえごま油に含まれるα-リノレン酸は、同じω-3脂肪酸ではあるが、生体内でEPA・DHAへ変換される効率が低く、抗炎症効果やがん予防効果において同等とは言いがたい。
結論: EPA・DHAは、がん予防において単なる脂質ではなく、細胞環境と免疫制御の調和を担う重要な栄養素である。慢性炎症の抑制、免疫応答の正常化、そして異常細胞の制御という多面的な役割を通じて、構造的にがんの発生・進展を抑える可能性を秘めている。食事におけるこれらの脂肪酸の積極的な導入は、現代のがん予防戦略において、見逃されるべきでない選択肢である。