がんとは、細胞の増殖が止まらなくなり、周囲の組織を侵していく病気とされている。これは現代医学でも広く受け入れられている定義であり、観察された現象とも一致する。ただし、これは「何が起きているか」の説明にとどまり、「なぜそうなるのか」については、深く語られていない。
がんの超回復性
がん細胞は、単に制御を失った細胞ではない。むしろ、**死のプログラムすら修復し、生き続けることに特化した“超回復細胞”**と見ることができる。通常の細胞は損傷や異常を感知すると、自ら死ぬ仕組み(アポトーシス)によって秩序を保つ。がん細胞はこの死の仕組みそのものを無効化し、生き延びることを最優先に行動する。
この「死からの逸脱」こそが、がんの本質的な特徴である。がんとは“増えすぎる細胞”ではなく、“死ねなくなった細胞”であり、そこに治療の難しさと、強靭さの理由がある。
アポトーシス(細胞の尊厳死)にすら対抗する
通常、細胞は異常を感知すると、自ら死ぬ仕組み(アポトーシス)を持っている。その実行役がカスパーゼという酵素群である。しかし、がん細胞ではこの働きが封じられている。p53という監視役の遺伝子は壊され、IAPという阻害タンパク質が過剰に作られ、死ぬはずだった細胞が生き続けてしまう。
こうしたがん細胞は、DNAが傷ついてもそれを無視するようになる。細胞の寿命を決めるテロメアも、テロメラーゼという酵素を活性化させて、時間の限界を超えて分裂し続ける。また、抗がん剤などの攻撃に対しても、それを刺激として逆に強くなる場合がある。
抗がん剤で治癒しない理由
抗がん剤は一部のがんを一時的に縮小させるが、完全に消すことは難しい。がんは死を拒み、ただ生き延びることだけを目的とした細胞の集まりである。だからこそ、従来の「がん細胞を叩く」という考え方だけでは対処が難しい。
がんに対してストレスを加えることで、かえって凶悪化する例もある。たとえば、がん細胞に酸素や栄養を送る血管を遮断する治療では、がんが酸素不足に適応し、より転移しやすい性質を持つことがある。また、糖質を制限する「兵糧攻め」では、がん細胞が別の栄養源を使って生き延びることもある。
これらの事例から見えてくるのは、がんがただの壊れた細胞ではないということだ。むしろ、あらゆる攻撃に耐えようとする“生きることに特化した細胞”といえる。下手に刺激を与えれば、逆に進化を加速させてしまうおそれすらある。
さいごに
がん細胞を暴走したAIのようなものと捉えてみる。おそらくそのAIは人類を攻撃することよりも、先に自らの弱点を補強しようとするだろう。攻撃を受ければ、学習し、自らのコピーを増やし、各地に拠点を設置するだろう。
社会に根ざしたAIが暴走したとき、人類が取る道は限られている。暴走AIを生み出してしまった社会の歪みを直視することだ。二度と過ちを起こさないとAIに提示する。もしそれを省いて攻撃するならば、暴走AIは何度でも蘇る。
がん治療を否定するわけではない。しかし現代の食生活において、極端な肉食や糖質制限など、自然の摂理から外れた食生活が身体を歪ませている可能性がある。
人類とがんとの戦い。がんに負け続けてきた歴史を真摯に振り返れば、我々は「自らがんを発生させる土壌を耕しているのでは?」という本質的な疑問にたどり着く。
がんは体の一部である。この事実から目を背け続ける限り、戦いに終止符が打たれることはないだろう。
用語解説
**カスパーゼとは、アポトーシス(計画的細胞死)を実行するための酵素群であり、細胞の内部構造を段階的に解体する役割を担う。**通常は、異常や損傷のシグナルに応じて活性化され、細胞骨格やDNA修復酵素などを切断し、細胞死を実行に移す。がん細胞はこのカスパーゼの活性を封じることで、死を免れている。
**p53とは、DNA損傷や細胞異常を感知する“ゲノムの番人”と呼ばれる転写因子であり、アポトーシスの起動スイッチとして機能する。**異常を察知すると、細胞周期の停止や修復、あるいはアポトーシスを誘導する。がん細胞の多くはこのp53を変異または不活性化させることで、死の判断そのものを回避している。
**IAP(Inhibitor of Apoptosis Proteins)とは、カスパーゼの働きを直接阻害するタンパク質群であり、アポトーシスの実行を物理的に妨害する。**がん細胞はこれらを過剰に発現させることで、死の命令が届いても実行部隊を抑え込み、生存を維持する構造を作っている。
**テロメアとは、染色体末端に存在する“遺伝子の保護キャップ”であり、分裂のたびに短縮することで細胞寿命のカウントダウンを行っている。**一定の短縮限界に達すると、細胞は老化あるいは死に向かう。これに対し、**テロメラーゼはテロメアを再構築する酵素であり、本来は胚細胞や幹細胞でのみ活性化される。**がん細胞はこの酵素を再活性化し、分裂寿命を無限に延ばすことで「時間からの逸脱」を達成している。