フィラリア予防薬に関する個人的見解

フィラリア予防薬の使用については、「毎月・年中・必須」という認識が広く共有されている。本稿では、10年以上にわたる飼い主からの健康相談経験をもとに、この常識に対する私見を述べる。

まず、フィラリアの発症例を実際に見聞きする機会はきわめて稀である。この事実は「予防薬の普及によって発症が抑制されている」という説明とも整合するが、同時に「感染環境そのものが変化している」という可能性も看過すべきではない。

フィラリアは蚊を媒介とする寄生虫である。犬体内に侵入後、心臓や肺動脈に寄生し、咳、活動性低下、呼吸困難、さらには心不全を引き起こすことがある(フィラリア症)。ただし、感染から症状発現までは長期間を要し、進行も緩徐である。

近年、都市部およびその周辺地域では蚊の個体数自体が減少傾向にある。公園や公共空間では定期的な殺虫剤の散布が行われており、これは主にデング熱対策の一環とされる。因果関係の断定は避けるが、近年の昆虫減少、およびそれに連動する小鳥の減少といった現象に一定の関連性があると考えられる。

加えて、現代においては野良犬の存在がほとんど見られず、犬間でのフィラリア伝播の機会は大幅に減少している。現在、主たる感染源となるのは野生動物(タヌキやキツネ等)と考えられるが、これも極めて限定的なリスクに留まる。

予防薬の作用機序にも着目したい。これらは厳密には「予防」ではなく、「体内に侵入済みの幼虫を、一定期間内に駆除する」駆虫薬である。そのため、投与のタイミングは重要であるが、「毎月でなければならない」という主張には、科学的根拠の明示が乏しい。隔月投与、あるいは季節・地域特性に応じた限定的な投与でも、十分なリスク管理が可能ではないかという仮説が成立する。

さらに、これらの薬剤は本質的に殺虫剤であることを忘れてはならない。蚊の刺咬を防止するものではなく、体内処理を担う薬物である以上、その影響は肝機能・腸内環境にも波及しうる。
副作用に関しても、「十分なデータがある」との主張には疑義が残る。すべての副作用が報告されているとは考えにくく、因果関係不明として却下されたケースは少なくないと推察される。

以上の点をふまえ、本稿の立場は以下の通りである。フィラリア症の存在を否定するものではない。しかしながら、「一律に月1回の投与を全犬種・全地域・全年齢に対して適用する」という画一的な運用には再考の余地があると考える。環境・体質・行動範囲・住居条件といった多様な要素を考慮した上で、個別的な判断による運用こそが本質的な予防であるというのが筆者の見解である。

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