動物医療の現場において、点滴はしばしば慢性疾患の管理や予防的処置として用いられる。その中でも特に生理食塩液(0.9%NaCl)の頻用は、腎機能障害や加齢性の不調に対する“対症療法”として定着している。しかしながら、この処置が慢性的に繰り返される背景には、構造的な問題が潜在している。
多くの獣医師、ならびに市販のペット向け情報は、犬猫の“減塩”を強く推奨している。これは人間医療における高血圧対策を援用したものであり、腎臓病に対して“塩分制限が予防になる”という前提に立っている。しかし、犬猫の個体差、生活環境、活動量を考慮せず一律に減塩を推奨することは、結果として塩分不足を招く危険性を孕む。
塩分は生命維持に不可欠であり、その欠乏は倦怠感、食欲不振、嘔吐、頻脈、血圧低下など多様な症状を引き起こす。とくにナトリウム欠乏は神経・筋肉系に影響を及ぼし、放置すれば痙攣や昏睡に至ることもある。こうした症状が現れたとき、獣医師が行うのが生理食塩液による点滴である。
ここに矛盾が生まれる。すなわち、「減塩食で誘発された塩分欠乏」を「塩水点滴で一時的に回復させる」という構造である。さらに問題なのは、この原因と結果の関係が飼い主に明かされることなく、点滴が“魔法の水”として認識されることである。飼い主は獣医師に感謝し、定期通院を継続し、構造への疑問を抱かない。
この“マッチポンプ”構造(塩分制限によって症状をつくり、点滴で解消し、再発させる)は、動物の福祉という観点から見ても深刻な問題を孕む。点滴自体は一時的な脱水改善には有効だが、根本的な原因に対する是正がなければ、治療行為は“循環的収益モデル”に堕する。
本来、医学的介入の目的は、患者(ここでは犬猫)の自然治癒力と恒常性を支援することであり、同一の医療者が原因と対処の両方を提供し続ける構造は、倫理的に再考されるべきである。