はじめに: 現代医療はがんの治療において多くの進展を遂げてきたが、がんの発症自体を減らす食事の在り方については、依然として確定的な解が見出されていない。そうした中、かつての日本の家庭料理──いわゆる伝統的和食──が注目を集める。かつてアメリカでも「見習うべき食事」として取り上げられたこの食文化は、果たしてがん予防に資する構造を持っていたのだろうか。
制度的背景と歴史的評価: 1970年代後半、アメリカ合衆国の食事ガイドライン策定過程において、日本の伝統的食生活は低脂肪・高食物繊維の模範として紹介された。実際、日本は当時、世界有数の長寿国であり、がんや心疾患の死亡率が欧米諸国に比して低かった。この事実は、日本食に対する制度的な関心を呼び起こし、和食に含まれる魚介類、野菜、豆類、海藻、発酵食品などが再評価される契機となった。
構造的利点の分析: 伝統的な日本食は、低脂肪・低たんぱく(特に陸上動物由来の脂肪・たんぱく質が少ない)・高繊維という基本構造を備え、糖質は主に白米を中心に多く摂取していたものの、炎症性負荷の軽減に資する食材が多い。例えば、発酵食品と繊維質は腸内環境の良好な維持に寄与し、これにより免疫機能を高める。魚介類の不飽和脂肪酸には抗炎症作用がある。これらの要素は、がん細胞の発生・増殖を抑制し得る内部環境を形成する上で、構造的整合性を持つと考えられる。
一方で、白米中心の主食や高塩分摂取など、伝統的日本食にも改善すべき点はある。ただし、塩分の摂取源は主に醤油や味噌といった発酵食品であり、単なる塩分摂取とは異なる代謝的影響を持っていた可能性がある。とはいえ、全体としての構造的バランスの良さが、がん発症リスクの低減に寄与していた可能性は高い。
経験と統計に基づく再評価: 補足的視点として、伝統的生活を実践する職業──たとえば僧侶──が長寿であるという統計的傾向も注目に値する。僧侶の食生活は精進料理に代表されるように、日本の伝統食と高い親和性を持ち、低脂肪・高繊維・発酵食品を中心とした構造が免疫環境の健全性を支えている可能性がある。こうした生活実践の延長線上にある統計的長寿は、伝統食の持つ構造的な有用性を裏付ける事例ともなり得る。
現代の疫学調査においても、野菜・魚中心の食事パターン(prudent diet)は、乳がん・大腸がん・前立腺がんなど複数のがん種でリスク低下と関連している。日本国内でも、伝統食に近い食生活を維持する地域では、がん死亡率が相対的に低い傾向が報告されている。
結論: 伝統的日本食は、その全体構造において、がん予防に有効な食文化であった可能性がある。制度的にも評価され、統計的にも支持されるこの食生活の構造的側面を、現代の食環境に再適用することが、がんの一次予防の鍵となるかもしれない。単なる「古き良き食文化」ではなく、恒常性と免疫の調和を意図した“設計思想”としての和食を再評価すべき時期に来ている。