概要
慢性腎不全とは、腎臓の機能が長期にわたって徐々に低下していく状態です。
高齢の犬や猫に多く見られますが、実際には診断や治療のあり方がペットのQOLを大きく左右する病気でもあります。
原因
一般的に言われる慢性腎不全の原因は、このようなことです。
・加齢による腎臓の萎縮や代謝機能の低下
・腎炎や感染症の後遺症
・薬剤性の腎障害(NSAIDsなど)
・長期の脱水や低栄養
・高血圧や心疾患による腎血流不足
・先天的・遺伝的素因
・ストレス
慢性的なストレスは腎不全の大きな原因と考えられますが、軽視されがちです。
生活を人に管理され、毎日同じ味気ない療法食を強制され、同じ部屋で飼い主はグルメを楽しむ。
こうした「差別的環境」が年単位で続くことは、動物にとって強烈なストレスです。
ストレスはコルチゾールを上げ、血圧を上げ、腎血流を下げ、酸化ストレスを生じさせます。
人間では既にストレス性腎障害が証明されており、ペットも例外ではありません。
ストレスという見えない毒
人の食べ物を禁止され、完全室内飼いとなった現代のペットたちは、事実として厳しいストレス環境にさらされています。とくに治療下にあるペットははなおさらです。
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単調で味気ない療法食の繰り返し
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家の中に閉じ込められ、探索の自由、刺激がない
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料理の美味しい匂いが充満する中での、差別的な食事
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食欲が落ちても、味を変えることが許されない
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体調が悪いときほど、食事制限や通院が増える
現代において、これらはすべて「仕方ない」とされているが、果たして正解と言えるのか、よく考える必要がある。
生理学的な裏付け
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慢性ストレスは、副腎皮質ホルモン(コルチゾール)の持続的な分泌を引き起こし、
→ 血圧上昇、腎血流低下、酸化ストレス増加につながる -
ストレスは、迷走神経の調整機能を阻害し、腎血管収縮を促す
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結果的に、腎臓は長期間に及ぶ「軽い戦闘モード」に入る
このようなストレス環境が年単位で継続すれば、腎不全になっても不思議ではない。
制限がストレスを増幅する
さらに問題なのは、「腎臓が悪くなったから」として、
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リン制限
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塩分制限
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強制給餌
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「不味い」療法食の継続
を義務として課すことが、食事の楽しみを奪うストレス増幅装置になっている可能性。
これが正しいというのが一般論だが、誤解を恐れずに言えば一種の「医療的虐待」という側面もある。
主な症状
多飲多尿(薄い尿を大量に出すのは腎臓の防御反応)
食欲低下、体重減少
嘔吐、口臭(アンモニア臭)
元気がなくなる、寝てばかりになる
毛並みの悪化、脱水傾向
これらは初期にはあまり見られず、末期で見られることがあります。
なお多飲多尿が怖いからと、安易に飲水を制限することは危険です。
水をたくさん飲むことは悪ではなく、飲水は腎臓を守る自然な仕組みです。
むしろ生命活動において飲めない方が危険と言えます。
診断方法と注意点
BUN(尿素窒素):補助的な指標→ 脱水や食事でも上がるため
クレアチニン:メインとなる指標
SDMA:早期発見に有用
尿比重・蛋白尿:血液検査を補完する
BUNが高いだけで腎不全と診断するのは誤りです。
過度な不安をペットに伝えないようにしてください。
腎不全の診断は、総合判断です。
よくある誤解と過剰対応
「尿が多い → 水を減らそう」 → ❌ 生命防御を阻害する
「BUNが高い → 腎不全確定」 → ❌ 単独では診断不可
「リン制限すれば進行しない」 → ❌ 因果関係が逆。リンは腎機能低下の結果
「塩分制限こそ腎保護」 → ❌ 塩分は尿排泄の必要ミネラル。不足時はATP依存の尿排泄にシフトし、酸化ダメージを増やす可能性
治療の実態と副作用
慢性腎不全の治療はほぼ内科的で、薬物治療が中心です。
ACE阻害薬(エナラプリルなど)
アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB、テルミサルタンなど)
その他、リン吸着剤や制吐薬など
これらの本質は血管拡張剤=降圧薬です。
確かに腎血流を守る狙いがありますが、副作用としてふらつき、元気喪失、食欲低下が起こります。
一部には、これを「腎不全が進行しているからだ」と誤解する飼い主がいると推測されます。
副作用を病気の進行と取り違え、薬を増量してしまうのは最も危険です。
食事の考え方
療法食には意味がありますが、食べなければもちろん無意味です。
また過度なリン・塩分制限は、食材の多様性をなくし、低栄養と代謝負担、ストレス増加のリスクから、かえって進行を早める可能性があります。
「自分が犬や猫だったら、これで良しとするだろうか」という視点は飼い主にしか持てません。
医療が必ずしも正義とは言えません。
制限を目的化せず、心の健康も同等に大切にする。
「生きる意味」や「幸せ」というペットを飼育するうえでの大きなテーマからは目を背けることがないように。
なお塩分が不足気味であまり浪費できない状況下では、腎臓は尿を作るためにエネルギーを大量に使うATP駆動の排泄機構にシフトしますが、これが腎臓の酸化損傷と進行リスクをかえって高める恐れがあります。
生命維持活動から見てもナトリウムは重要なミネラルです。
つまり、科学的な知見からも、必ずしも制限=正義という単純な図式は成り立ちません。
点滴治療におけるマッチポンプ構造
一般的な点滴の中には、かなりの塩分が含まれています。
点滴によって即回復するようなケースでは、腎臓が助かったというよりも、行き過ぎた塩分不足が点滴により解消され、元気になったとみるのが合理的です。
こうした科学的な説明を受けていない飼い主は多く、そうなるともはや正義の治療とは言い難くなります。
意図的かどうかは知りませんが、構造としてみれば、マッチポンプ(消防士がマッチで火をつけてポンプで消火する)になっています。
結論
腎臓は肝臓と違い自己修復が出来ず、確かに注意が必要な病気です。
動物病院に丸投げすれば大丈夫とも言えず、多くの場合で進行は止まりません。
その理由はおそらくですが、本質的な原因に手を付けず放置しているため。そしてストレスを軽視、無視して治療を続けているためです。
治療が不要というわけではありませんが、メンタルケアという動物病院では触れてくれない部分、飼い主にしかできない部分にも同時にアプローチするべきです。
つまり飼い主も積極的に治療参加することこそ、慢性腎不全の正しいコントロール法と言えるでしょ。
余談
薬剤師からペットの仕事に移ったとき、「腎不全」という病名に強い違和感を覚えました。
私の知る限り、「不全」という言葉は心不全や臓器不全のように、死因としても用いられる重い言葉です。
ところが現場では、腎不全と診断されているペットの多さに驚きました。
実際に相談で多いのは「本人はいたって元気。でも数値だけが少し高い」というケースです。
さらに、「腎不全」と言われたのにクレアチニンが改善していく子も少なくありません。
私の感覚では、「腎不全」よりも「腎機能低下症」と呼んだ方が実態に合うと感じます。
腎機能低下ならば一過性もありうるし、改善が見られても不思議はありません。
動物医療はまだブラックボックス的なところが多く、私自身もすべてを理解しているわけではありません。
それでも、名前に飲まれて思考停止せず、「本当にこの子は不全なのか?」と立ち止まる視点も持ってほしいと思います。