減塩ブームに潜む危険性

食事と栄養

塩抜きはブームである。
長い歴史で見れば、塩抜き=健康という概念が打ち出されたのは最近のことである。
科学的に見ていくと、塩抜きには矛盾点も多い。
例えば、塩分をよく摂ってきた日本人は世界屈指の長生き民族である。

減塩が血圧を下げるという点については否定しない。
しかしブームが過熱する裏側に、危険性が潜んでいる。
塩の不足、欠乏という問題は、現代の犬猫を静かに蝕んでいる。

飲水だけではマズイ

水分は足りているのに、体が不調。
この場合、体内では水とナトリウムのバランス=浸透圧が崩れている可能性が高い。

体液のNa⁺濃度(135〜145mEq/L)は極めて厳格に維持されており、
わずかな低下でも細胞は膨張し、神経伝達・筋収縮・代謝調整に障害が出る。
けいれん発作、急に歩けなくなる、それらは前兆の可能性がある。

水だけを飲んでも、ナトリウムがなければ尿をうまく作れず、体に毒素と熱が蓄積していく。

生理食塩液の点滴やスポーツドリンクによる電解質補液は、この欠乏状態に直接働く。

「135〜145mEq/L」という数値は、一般的な感覚ではピンとこないかもしれないが、グラムで言えば、1リットルあたり約3.1〜3.4gのナトリウムが溶けている濃度である。
食塩換算でいうと 約8〜9g/Lという濃さであり、これが健康を維持する塩分濃度である。
血液は想像以上にしょっぱい。

塩分抜きが症状を長引かせる理由

近年、手作りごはんや減塩フードの流行により、慢性的なナトリウム不足が起きやすい。
その状態が長期化すると、以下のような複数の臓器系に異変が生じる。

腎臓へのダメージ

ナトリウム(Na⁺)は、尿生成において再吸収の主役である。
不足すると、尿生成全体の効率が落ち、より多くのエネルギーと酸素を使う。
腎髄質はもともと低酸素環境であり、酸素消費の増大は活性酸素の増加→ミトコンドリア障害→線維化という老化の加速を引き起こす。

免疫能の低下

Na⁺は免疫系にも作用している。
適切なNa⁺濃度は白血球の走化性や貪食能、サイトカイン放出に関与する。
Na⁺欠乏状態では、これらが抑制され、感染症や発がんへの防御が鈍くなる。

内分泌異常

Na⁺が足りないと、体はアルドステロンを分泌し、Na⁺再吸収を高めようとする。
これが続くと副腎皮質が慢性的に刺激され、副腎が疲弊すれば、ストレス応答・代謝調整・水分バランスが崩れる。
これもまた、「治療に反応しない」状態の背景になり得る。

熱中症のリスク

犬は汗腺が乏しく、主に尿と呼吸によって体温を調整している。
飲水の温度と、尿という40度近いお湯の温度の差が、排熱になっている。
尿の生成にナトリウムが必要な以上、Na⁺欠乏状態では体温放散能力が低下する。

散歩や運動の後で、呼吸が荒い・落ち着かない・ぐったりするようなときは、水だけ飲ませるよりも、塩とセットで与えることも考えて欲しい。

体内のナトリウム濃度は、恒常性によって絶妙にコントロールされている。
ナトリウムを多く摂っても、過剰分は尿から排出されるため、ただちに健康を害すことにはならない。

かたや足りないものは作り出せず、節約するしかないわけだが、このとき恒常性は破綻しやすい。
「与えなくても、体がなんとかしてくれる」というのは、誤った考え方である。

過食

塩分を極端に減らした食事は、味覚的な満足感が得られにくい。
結果として「味による満足」から「量による満足」へと移行し、過食に繋がることは十分に想定される。
人ではそうした研究がある。

いまの飼い主は栄養バランスに気を取られがちだが、過食はより大きな問題と言える。

ストレスの増大

味気ない、美味しくない食事は、犬の楽しみを減らす。
飼い主が楽しむグルメに嫉妬し、我慢は慢性的なストレスとして静かに蓄積していく。

ストレスが肉体の健康に及ぼす悪影響は明らかだ。
精神病にとどまらず、腎臓病、心臓病、アレルギー全般と、数多くの疾患リスクを高める。
過食、睡眠の質の低下、攻撃性の増強にも直結しやすい。

最適な塩分量計算は難しいが

それぞれの犬に適した塩分量を求めるのは、実は非常に難しい。
むしろ体には恒常性があり、過剰分は尿として排泄されるために、必要量より少し多めに与えるという認識が正しいと言える。

また、グラムで考えるのは根本的にはズレている。
実践的には水とのセット、つまり濃度で考えるべきであり、そのとき血液の塩分濃度は参考になるだろう。

血液の塩分濃度はおおよそ0.9%、血液1リットルに約9gの塩分が含まれる。
これは0.9%生理食塩水の点滴とほぼ同じ、塩分だけで考えれば味噌汁とも同じである。
2~4倍くらいに薄めた味噌汁を与えるのは安全域と考えられる。
病気治療が長引き、かつ塩分制限している子には、むしろ推奨している。
本当に厳格な塩分制限が必要だとしても、ゼロは危険だ。

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