塩分は体に悪い——このイメージは、もはや“常識”とされている。
ペットにおいても「塩分は控えるべき」という方針が獣医師から繰り返し語られてきた。ネット情報や手作り食の指南書もこれに同調したため、塩分を徹底的に抜こうとする飼い主が現れ始めている。
しかし実際には、塩分は体に必須であり、ミネラルバランスの主役を担っている。塩分=悪という発想そのものが、構造的に見直されるべき時期に来ている。
塩(NaCl=塩化ナトリウム)は単なる味付けではない。ナトリウムは細胞の浸透圧を維持し、神経伝達や筋収縮、血圧調整に不可欠なミネラルである。塩分の摂取が極端に制限されると、脱水、倦怠、消化力の低下、慢性疲労、精神の不安定など、非特異的な不調を引き起こす。人間に限らず、犬や猫でも同様だ。
一般的なペットフードには、適切な塩分が添加されているため、塩分不足のリスクは低い。しかしながら手作り食となると話が変わる。飼い主の「塩=悪」の先入観が、極端な減塩食という誤った答えを導き出す。
腎臓病や心臓病の動物に対する低塩食の方針自体を否定するものではない。だが、塩分制限のリスクを理解しないまま、無塩に近い食生活を続けてしまうことは、かえって他の代謝系に悪影響を及ぼす可能性がある。
なお、点滴の主成分は塩分である。塩分不足の状態にあったペットが点滴によって回復し、数日でまた体調を崩すという例は少なくない。“原因不明の不調”の陰に、実は「塩不足」が隠れているかもしれない。